津波によって大きな被害を受けた請戸漁港。
現在、復興工事が行われている。
請戸漁港に鉄管で作った簡易展望台がある。
展望台から漁船を見る。
展望台から福島原発を見る。
請戸小学校。
建物右側は体育館。
船をモチーフにしている。
「津波にのまれている時は皮肉にも本当に浮かんでいるように見えたにかもしれない」と案内人は語る。
請戸小学校の体育館
請戸小学校の生徒たちは皆避難した大平山
請戸小学校・時計塔
請戸小学校の生徒たちは皆避難し、津波から生き残ることができた。
当時、学校には77名の生徒がいた。
地震直後は机の下に隠れていたが、しばらくして、グランドに避難。
近隣住民から津波が来ると言われたため、先生・生徒は地震発生10分後には大平山に避難した。
大平山は当時全く整備のされていない山だったので、どうやって登ればよいのか、となっていたが、小学四年生の生徒が登り口を知っていて、みんなで登ることができたという。
15:38に請戸小学校に津波到達。
後ほど大平山の逆側に降り、親御さんに引き渡された。
浪江町大震災慰霊碑
浪江町では182名の人が亡くなった。