二日目は南三陸さんさん商店街を訪れました。 2017年3月に本設の商店街がオープン。 初日の福島県の沿岸部と比べると、市民生活が戻ってきている印象があります。 駐車場。 たくさんの車が停められます。 お店は色々あります。 海産物やお土産販売、海鮮丼、喫茶店など飲食店が多いです。 東北地方ではソーラーパネルをよく見ます。 東北電力の女川原子力発電所は現在も稼働中です。 東北電力圏内の人と東京電力圏内
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宝塚市で活躍する防災士によるコラムです。
二日目は南三陸さんさん商店街を訪れました。 2017年3月に本設の商店街がオープン。 初日の福島県の沿岸部と比べると、市民生活が戻ってきている印象があります。 駐車場。 たくさんの車が停められます。 お店は色々あります。 海産物やお土産販売、海鮮丼、喫茶店など飲食店が多いです。 東北地方ではソーラーパネルをよく見ます。 東北電力の女川原子力発電所は現在も稼働中です。 東北電力圏内の人と東京電力圏内
続きを読む福島県富岡町にある双葉警察署。 隣接する岡内東児童公園に一台のパトカーが置かれている。 以下、掲示してある文章。 震災遺産 津波被災パトロールカー(双葉31号車) ベース車両トヨタ・クラウン この車両は、平成15年に双葉藍言察署に配備されたパトカーです。 以来富岡町や双葉郡内で住民や地域の安全を守る多くの業務に携わり、走行距離は29万2千kmを超るました。 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地
続きを読む双葉町・帰宅困難地域。 浪江町から双葉町方面へ国道6号線を南下する。 国道6号線のみ通行可能で、通行証無しに横道に入る事はできない。 横道には行けないようにバリケードがされている。
続きを読む津波によって大きな被害を受けた請戸漁港。 現在、復興工事が行われている。 請戸漁港に鉄管で作った簡易展望台がある。 展望台から漁船を見る。 展望台から福島原発を見る。 請戸小学校。 建物右側は体育館。 船をモチーフにしている。 「津波にのまれている時は皮肉にも本当に浮かんでいるように見えたにかもしれない」と案内人は語る。 請戸小学校の体育館 請戸小学校の生徒たちは皆避難した大平山 請戸小学校・時計
続きを読む原発20キロ圏内に入ると除染廃棄物の一時保管場所がある JR小高駅 富岡浪江間は電車が通っていない。 これは福島原発の放射能のせいではなく、富岡浪江間が山間部なので復旧工事が進まないため。 東京オリンピックまでには直る予定とされている。 JR小高駅構内でも放射線量が表示されている。 浪江町。 平成29年3月10日、国の原子力災害対策本部において、「浪江町に設定されている居住制限区域及び避難指示解除
続きを読む湾岸部はほとんど、大なり小なり堤防が建設されている。 広大な海岸防災林。 木の柵の中に草の様にチラッと見えるのは防災林として植えられている松の木の苗。 広大な土地にソーラーパネルが設置されている。 いわゆるメガソーラー。 風力発電設備。 とにかく南相馬市の海岸は、防災林、ソーラーパネル、風力発電が広がっている印象を受けた。 放射線量計が設置されている。 環境放射線の各種測定をするためのもの。 し
続きを読む東日本大震災の津波で甚大な被害を受けたが、2016年9月に「相馬原釜地方卸売市場」が落成。 活気を取り戻している。 2018年6月には天皇陛下も訪問された。 相馬市伝承鎮魂祈念館 東日本大震災によって相馬市では458人が亡くなった。 相馬市伝承鎮魂祈念館は、津波により被災した尾浜・原釜地区、磯部地区の震災前の風景を後世に伝え、来訪者の交流の場とすることを目的に建設された。 震災前の風景や地域の催し
続きを読む2018年6月18日 7時58分 北大阪地域を震源とした地震が発生しました。 弊社社員の自宅、地震発生直後の様子。 本棚が倒れて本が散乱している。 会社事務所ではパソコンのモニターが倒れたり、物が散乱している。 吹田市の道路。 水道管が破裂したためか、水が溢れている。 6月18日 9時半頃。 中国自動車が通行止めになっている。 関西地域の高速道路はほぼすべて通行止め 建物のエレベーターも停止 ドル
続きを読む2017/6/7(木)~6/8(金)にインテックス大阪にて防犯防災総合展 in KANSAI 2018が開催されました。 去年も参加しましたが、今年も最新の防災・防犯グッズを見るために参加しました。 防犯関係の商品は、IPカメラがすごく増えています。 また、去年よりも官公庁向けの商材が多くなったように感じます。 防災では、非常持ち出し袋や、それに類するもの、あと、バッテリーが多かったです。 大容量
続きを読む地震や大雪等でライフラインが断絶された場合、生き抜くためには色々な物が必要ではありますが、まずは食糧と水が必要になってきます。 家が地滑りや津波などで流されたりしない限り、たとえ建物が崩壊したとしても、二次被害等の危険性を度外視すれば、ガレキの中から物資・食料を取り出す事は可能です。 阪神大震災の時は、半壊・全壊した自宅近くの公園や駐車場に、即席の避難所を作り、日中は物資の発掘を行っている方も多く
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